一人どのくらい街を彷徨っていただろう。
浴びる様に飲んだ酒のせいで足元もおぼつかず、視界も揺らいでいた。
酒など嗜み程度にしか飲まない為、割れるように頭が痛く酷い吐き気もする。
―情けないな・・・―
自棄酒は久しぶりだった。
こんなに酷く酔ったのはいつぶりだろう。
堪えきれない吐き気に堪らず地べたに座り込んだ。
宿まであと少しだというのにもうどっちに進めばいいのかさえわからない。
立ち上がろうとしても足に全く力が入らなかった。
―何やってるんだ俺は・・・―
ふっ、と自嘲的な笑みを浮かべる。
目を瞑るとまだそこにフレイがいるような気がする。
目を開いても紅い髪が目の前でちらつく。
―もう、末期だな…―
自分から切り出した別れなのにまだこんなにも執着するなんて何て情けないことなのだろう。
フレイのためには自分など最初から関わりのない人だとするのが最善の策だろう。
自分と一緒にいても幸せにしてあげられるかどうか分からない。
それにもし過去のことを思い出してしまったらきっとフレイは自分を責めるだろう。
それだけはどうしても避けたかった。
フレイを守らなきゃいけなかったのは俺なのに、俺は守るどころか沢山傷つけ、
フレイに新たな傷を付けられるのをただ黙って見ていただけだった。
―俺は何もあいつにしてやれなかった。―
だから今度こそフレイに新たな幸せを見つけて欲しい。
自分はその未来にいないだろう。
でも、ただフレイに幸せになってもらいたい。
自分が壊してしまった幸せな平和な世界でフレイには生きていてもらいたい。
そう、自分がいない世界で。
それでいいのだ。
そう納得したはずなのだ。
でも何故だろう。
どうして涙が出てくるのだろう。
どうして涙が止まらないのだろう。
「俺は…俺はっ…!」
まだそれ以上に何かを望もうとするのか。
「いつから俺はこんなに欲張りになった?」
いつからだろう。
そう、あいつと会うまではこんなに誰か一人に執着することなどなかった。
母上は勿論大切だったが他人にこんなに執着することはなかったはずだ。
フレイの為などと言いながら心の中ではまだ諦めきれずにいる。
まだ他に何か逃げ道があるのではないかと探してしまう。
フレイと共に過ごす未来を夢見てしまう。
―なんて浅ましいんだろう。―
唇を噛み締める。
血が滲むのも気にしないで噛み締める。
口の中に鉄の臭いが広がる。
「くそっ!俺は…!」
「イザーク?」
その時不意に後ろから声を掛けられた。
「おい、何やってんだ!イザーク!!」
「ディアッカ…」
自分の泣き顔、多分みっともない事になっているだろう顔を見せたくない。
振り向かずに地べたにへたり込んだままでいるとぐいっと肩を引かれた。
「さわるなっ!」
思わず反射的にその手を振り払ってしまう。。
「イザーク、お前…一体どうしたんだ?」
「・・・」
「凄い酒臭いぞ、お前。」
「・・・」
「なぁ、イザーク?」
「・・・」
「街で誰かに会ったのか?」
―ああ、こいつには何も隠せない。―
「どうしたっていうんだよ?お前が自棄酒なんて、らしくないぞ?」
「今日、街で、フレイに、会った。」
「フ、フレイってあの、フレイちゃんか!?」
「あいつ、生きてた。」
「嘘だろ?だってそんな話一度もきいたことないぜ?」
「新しい人生を始めてる。」
「マジかよ…お前のこと覚えてただろ?何か話したのか?」
「あいつ、過去のことを一切覚えてなかった。」
「そんな…嘘だろ…」
「全部忘れてた。綺麗サッパリ。俺のことも何もかも。」
「・・・」
「だからこのまま思い出させないで新しい幸せを見つけてもらいたいと思って、
何も言わずに帰ってきた。」
「でも、お前はそれでいいのか…?」
「しょうがないんだ。あいつにとってその方が幸せなんだ。
思い出さない方がいいんだ、あいつにとっては。」
「イザーク…」
「だけど、」
「・・・」
「そう、納得したはずなんだ。」
「・・・」
「でも、本当はまだ諦めきれてない。」
「・・・」
「分かってる、俺がいない世界で何も思い出さないで生きるのがあいつにとって一番だってことは。」
「イザーク。」
「でも、駄目だ、諦められない。」
「・・・」
「だから、ディアッカ悪いけどちょっと肩、貸してくれ。」
「イザーク。」
「少しでいいから。」
「…ほら、泣きたいときは泣け泣け!」
「…悪い。」
散々泣いたら、何だかとてもすっきりした。
さっきまで凄い雨を降らしていた雲も何処かに去って行き、雲の合間からは星が見えた。
「今日は星が綺麗に見えるな。」
隣で歩くディアッカが呟く。
「そう、だな。」
今なら、この無数の星を見ながらなら言えるような気がする。
―さよなら、フレイ。―
世界で一番愛した人。
そして、世界で一番に幸せになってもらいたい人。
―幸せに、なれよ。―
目に焼き付けたフレイの笑顔をもう一度思い出して、イザークは満天の星空に微笑みかけた。