フレイは自分の部屋で今日あったことを考えていた。
雨に激しく打たれている窓の外を見る。
外はもう真っ暗だ。
―あの人、なんで何も言わずに行っちゃったんだろ・・・―
まるで今までのことが全て幻だったかのように忽然と姿を消してしまった青年を思い浮かべる。
あの後フレイは少し辺りを探した後、諦めて汽車に乗り込んだ。
―ひと言くらい声を掛けてくれてもいいのに。―
少し淋しい気がする。
たった少しの間だったが親切にしてもらってもっとちゃんとお礼が言いたかった。
確かに最初は凄く怖くて逃げたりして雨に打たれたり、袖を破かれたりと色々あったが、
フレイは何となく彼に好感を持った。
何故と言われたら困るが、最初感じた恐怖は跡形もなく消え、ずっと一緒にいたいとすら思った。
―何でだろう・・・―
彼といた時に感じた安心感は一体何処から来ていたのか。
イザーク。
口の中で発音してみる。
大事な物のようにそっと。
「また、会えるかな・・・」
もう一度会いたい。
会ってもっとちゃんと話をしたい。
彼が探しているという人が本当は誰なのかをきちんと確かめたい。
そして、出来ることなら自分の記憶を取り戻したい。
失われた記憶を、もう一度。
「フレイー!ご飯よ〜。」
おばさんの呼ぶ声が聞こえる。
「はーい!」
立ち上がって部屋の電気を消そうとフレイは手を伸ばし、ふと目線を下に下げる。
スイッチの下の棚の上に本が何冊か置いてあった。
手にとって見てみると返却日は明日だった。
「そっか。この本返さなきゃならなかったんだ。」
あっちゃ〜と頭を抱える。
「明日、返しに行こうっと。」
元あった場所に本を戻し、フレイはハミルトン夫妻の待つ階下のリビングに下りていった。
食後は他愛もない会話を夫妻と交わし、だらだらとテレビを見た。
大して面白くない陳腐なドラマだった。
身分違いの二人が恋に落ちる、と言った類の。
恋人達が交わす台詞は全てが安っぽくて、そうでなくても使い古されたシチュエーションなのに、
それを余計に際立たせていた。
「身分違いだとかそんなの非現実的よね。」
横で見ているおばさんにフレイは同意を求めた。
しかしおばさんは曖昧に微笑むだけだった。
「どうかしらね・・・」
そんなおばさんの行動をフレイは少し疑問に思ったが、気のせいだと思い直して画面に集中した。
「相手を想う気持ちと諦めない心があればうまくいくのかもしれないわね。」
「相手を想う気持ちと諦めない心・・・」
「まぁ、分からないけどね・・・」
そういっておばさんはまた曖昧に微笑んだ。
「でも、私にはそんなこと無理だわ、きっと。」
「えっ・・・?」
「だってさ、こんなに沢山の困難があったら私だったら絶対に逃げちゃうと思うの。
ここまでして結ばれようとしなくてもいいじゃない。」
「・・・そうね、でもきっとこの人たちは互いに運命の人を見つけたのよ。」
「運命の人、なんて、おばさんったらロマンチックなのね。」
フレイは真面目な顔でそう言ったおばさんを見てくすっとわらった。
おばさんはそんなフレイを微笑みながら穏やかで温かい目で見ていた。
「フレイもいつかそんな人と出会えたらいいわね。」
「運命なんてまあ、信じていないけどね〜。」
「あら、まあ。」
そして、二人で顔を見合わせて笑い合った。
そんな二人を離れた所で揺り椅子に座っているおじさんが温かい目で見つめる。
―運命、なんてね・・・―
くすくす笑いながらフレイはさっき別れたばかりの青年の顔を思い出していた。
―運命、ねぇ・・・―