懐かしい声
懐かしい色
懐かしい香り
懐かしい温もり



8    街の恋 1






「嫌っ!!」
フレイの拒絶の声がまだ耳に残っている。
―何故あんなにも怖がっているのだ?
 否定をしない所を見るとフレイに間違いないはずなのに…―

とっさに後を追って思わず駆け出したが人込みのためうまく追いつくことができない。
「くそっ!」
思わず舌打ちする。
空を見上げるとさっきよりもどんよりして水分を含んだ重たい雲が低く垂れ込めていた。
今にも雨が降りそうだ。
そして空を見上げていた一瞬の間にフレイの姿を見失った。
立ち止まって辺りを見渡す。
「くそっ、どこだ!?」



必死になって辺りを見渡しているイザークの姿が見える。

―何故、彼女は今頃になって私たちの前に現れたのだろう。
 今まで何一つ連絡を寄越さずに一体何をしていたのだろう。―

さっき見た美しい少女に対する苛立ちが募る。

―隊長をこんなに苦しめて…。
 なんで今更私たちの前に現れるのよ!
 彼女さえいなければ隊長は私のことを見てくれるかもしれないのに・・・―

そこまで考えてシホは、はっとなった。
―私何てことを考えてるの!―
自分のことばかり考えてイザークの気持ちを考えていない自分にぞっとした。

―隊長はまだ、あの子のことを忘れられてない…
 忘れることなんてきっとできないんだわ。
 私、私が隊長のためにできる事...―
シホはイザークに勇気を出して声を掛けた。
「あの…」
ばっとイザークが振り向く。
「シホ、か…」
一気に落ち込んだ顔をする。
その顔を見て、シホはまたさっきの気持ちがぶり返ってくるのを感じた。
「隊長、どうしたんですか、いきなり走り出すなんて?」
何も気づかない振りをして笑みを浮かべながらシホは尋ねた。
「隊長、駅は逆方向ですよ?」
―お願い、私のことをみてよ!隊長!!―
まだ、辺りを見回しているイザークの顔を見る。
「さあ、隊長、帰りましょう。」
すたすたと歩き出そうとすると、イザークはその手を掴んだ。
「シホ、お願いがあるんだ。」
驚いて振り向いたシホの顔をまじまじと見てイザークは続けた。
「お願いだから、先に一人で帰ってくれ。」
「でも、隊長、私…」
「シホ、お願いだ!」
搾り出すような真剣な声を聞いてシホは思った。
―この人のために何かしてあげたい。
 その結果が私の願っているものと例え違ったとしても…―
「分かり、ました。」
「シホ…」
ほっとした表情のイザークの顔を見つめる。
こんなに至近距離で見つめられたのは初めてかもしれない。
「でも、絶対に帰ってきてくださいね。」
「ああ、分かってる。夜には必ず戻る。」
「あ、それと、雨降りそうなので、傘持って行ってください。」
シホはイザークに傘を手渡し、駆けていくイザークの背中を見送り続けた。








イザークは雑踏の中フレイを探し続けた。
「くそっ、どこに行った、あの女!」
苛立ちを抑えることはできない。

ぽつ、ぽつ。
そして最悪なことに雨も降り出した。
「ったく。」
さっきシホに手渡された傘を差す。

道行く人も急ぎ足になり、少し経つと人通りはまばらになっていった。








その頃フレイは、軒下で一人雨宿りをしていた。
すぐ止むかと思っていたが時間が経つにつれ段々と雨脚が強くなってきた。

―さっきの人一体誰だろう…?―

さっき見た青年の顔を思い浮かべる。

―あの人私の過去について何か知っているのかしら…?
 私は自分の過去をしりたい。
 でも、怖い!
 さっきの人隊長って呼ばれてた。
 軍関係の人がなんで…?
 だって私は普通の一般人で、ヘリオポリスのカレッジに通ってて、
 その時ザフトが攻めてきたから逃げて、シャトルに乗って、
 でも、流れ弾に当たって、
 でも、奇跡的に助かって、
 まあ、傷跡は沢山あるけど、
 パパっていう人も死んじゃってて、
 ママは私が小さいとき死んじゃったみたいだから、
 身寄りのない私をハミルトン夫妻が引き取ってくれて、
 で、なんでそこで私のことをあの人が知ってるの?
 私が助けられたときに何かしてくれた人なのかしら?
 だったらお礼言わなきゃならないけど、
 でも、何だか、怖い。
 あの人すっごく必死な顔をしてた。
 それに、シャトルの事故のとき私を助けてくれたのは確か、優しそうなおじさんだったし…。
 あんな人一度も見たことも喋ったこともないし、
 何で名前知ってるの?
 おかしい、
 絶対におかしいわ。
 ・・・それにあの人がフレイって呼ぶとき、何か変な感じがする。
 何でだか分かんないけど、すっごく胸が苦しくなる。
 一体どうして…?
 どうすればいい?
 私一体どうすればいいの?
 皆とはぐれちゃったし、駅に行くにはあの道通らなきゃいけない。
 もういないかな、あの人…?
 結構時間経ったわよね…?
 それにしても雨止まないし…
 このままじゃ夜になっちゃう。―

フレイは一旦思考を止めて空を仰ぎ見た。
「止む気配、なしか…」
むしろどんどん雨脚は強くなってきている。

―これじゃ埒があかないから、しょうがない、少し歩いて傘でも買うか。―

しかし無我夢中で走ったせいで今自分が何処にいるのかさえ分からない。
周りに人影はもはやなく、住宅地か何かなのだろうかしんと静まり返っている。

―ここ、何処よ?―
フレイはとぼとぼと歩き出した。
周りに店らしき影は見当たらない。

―服も髪もびしょ濡れ...
 帰ったらお風呂入らないと風邪引きそうだわ。―

そんなことを考えながら歩いていると突然雨が止んだ。

フレイはびっくりして後ろを振り返るとさっきの青年が立っていた。
「嫌っ!」
咄嗟に逃げ出そうとすると腕を掴まられる。

「待って。お願いだ、待ってくれ。」

必死の懇願。
おそるおそる後ろを振り返ってみるとまるで泣き出しそうな顔をしながらフレイを見つめている。

「お前、俺のことが分からないのか?」
フレイはじっとその顔に目を凝らすが全く見覚えがない。
フレイが首を横に振るとイザークの瞳は絶望の色を浮かべた。

「髪染めているから分からないのか?」
イザークは自分の髪を一房引っつかむと雨に打たせた。

みるみるうちに色が落ちて美しい銀色の髪が現れる。

「これが本当の色だ。見覚えないか?」
またもやフレイは首を横に振る。
イザークの瞳は更なる絶望の色に染まる。

「お前、まさか、記憶が…?」
「あんた、一体私の何なのよ!?」
「俺は…」
イザークは迷っていた。

フレイはその顔をじっと見つめた。
―迷っているんだ、この人。
 言うべきか言わないべきか…
 私の過去って、一体何なの…?―

「‥・・・・」

何も言わないでいるイザークに痺れを切らしたフレイは腕を振り解こうともがいた。
「言えないの?言えないならもう私に付きまとわないで!」
「ちょっ、待ってくれ!」

二つの力が逆方向に働き、悲鳴を上げたのはフレイのシャツだった。

ビリッ!

袖が少し破け、ボタンが飛び散る。
「あっ!」
「お・・・前…!」

露わになった素肌には無数の傷。

「嫌っ!見ないで!!」
「まさか、あの爆発のときに…!」


悲しそうな瞳の色。
あの時見た宝石と同じ色。
私があの時感じた懐かしさはこの人の瞳の色だったの?


「あの、私...」

「すまない・・・!」

フレイは一瞬何が起こったかわからなかった。
「えっ?何言って…?」

「俺の、せいなんだ。」
搾り出すような悲しみに満ちた声。

フレイは自分が何故かひどく動揺しているのを感じた。

「意味がわから・・・」
「もし、あの時、俺が、お前を…」
「あの時・・・?」

訝しげに聞かれてイザークははっとなった。

―フレイは今、平和な場所で平和な暮らしを送っているんだ。
 それを壊してはいけない、絶対に。
 今度こそフレイには平和で温かい世界で生きてもらわなければならないんだ。
 あの時、指の隙間から零れ落ちていった、守りきれなかったと思ったフレイが、
 今、こうして、ここで、目の前で、生きている。
 今度こそ絶対に幸せにしてみせる。
 何に変えても俺が守りきってみせる。―

「いや、俺の勘違いだったようだ。
 知り合いに余りにもそっくりだったから。
 すまない。
 お詫びついでに駅まで送っていこう。
 傘、持っていないんだろ?」
イザークは無理矢理笑顔を作ってフレイを見た。

フレイはいきなり態度が変わったその青年の顔を見た。

―おかしい。この人嘘付いている。
 この人私の過去について絶対に何か知ってる。―

「ちょっと、待ってよ!」
イザークに掴みかかろうとしてフレイはバランスを崩した。

「きゃあっ!」
「あぶなっ!!」
イザークは支えようとして思わずフレイを自分のほうに引っ張り、抱きすくめる。

イザークに抱きすくめられたフレイは懐かしい香りに包まれた。
そして抱きしめた腕から伝わる温もりがどうしようもなく心を乱した。

「大丈夫か?」
そのまま動かないでいるフレイにイザークは声を掛けた。
「う、うん。大丈夫よ。ありがとう。」
名残惜しい気もしたが無理矢理イザークから離れる。

―私、何で…?
 この人の瞳の色も、声も、香りも、温もりも知ってる?
 この人は本当に誰?―


「行くぞ。」
何の感情の含まないように気をつけながらイザークは事務的に声を掛けた。


さっきフレイを思わず抱きしめてしまった時、あのときのことをイザークは鮮明に思い出した。
あのときより少し痩せてしまった肩。
あのときとは少し違う香り。
しかし、あのときと同じ温もり。


全てがイザークの心をかき乱し、胸が苦しくなった。

―これで、良かったんだ。―

自分の心を押し殺し、イザークは極めて無表情に歩き出した。








〈あとがき〉
書きました。
無駄に長いです。
ここが正念場ですね。
書きたいことが一杯浮かんできて収拾が付かなくなって本当に困りますが、
貪欲に取り入れるつもりです♪

それにしても女の子に暴力働いてあまつさえ服を破く(袖だけど)なんて駄目じゃない、イザーク(笑






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