あの時俺はイラついていた。
仲間は皆居なくなったのに、何故お前がここにいる。
ナチュラルであるお前がここにいる。
俺の仲間を殺したナチュラルであるお前が何故ここにいる。
あの時の俺はガキ臭いことしか考えてなかった。
敵は殺す。
殺られたら殺り返す。
そんな憎しみの連鎖を断ち切ることのできないこの世界に何の疑問さえも抱いてなかった。
でもそんな考えをあいつとの関わりが変えていった。
所詮俺たちは同じ人間なんだ。
確かに俺たちコーディネイターは能力的にナチュラルを上回っている。
しかし俺たちは同じだった。
「貴方だって同じなんでしょ?」
あいつは俺に気づかせてくれた。
フレイと出会った直後は、ナチュラルに対する憎しみと隊長に対する不信感とで本当に冷たく接してしまった。
見ているだけでいらいらして弱いナチュラルの女なのに怒りをぶつけていた。
しかし、そんな俺を見つめてくるあいつの目には憎しみなど見られなかった。
むしろ憐れみや同情の光さえ湛えていた。
何故だ?何故そんな目で俺を見る?
俺はほんの少しフレイに興味を持った。
そして知った。
彼女は俺たちコーディネイターに父を殺されていたということを。
俺と同じように愛しい人を奪われていたということを。
しかし、それを知って俺は余計分からなくなった。
自分の父親を殺されたコーディネイターに何故憎しみを感じない?
何故そんな目で俺を見る?
俺はそれが知りたかった。
俺がその訳を知る時は予想以上に早く来た。
あの時、俺はフレイに食事を持っていった。
「入るぞ。」
返事を待たずに俺はずかずかと入った。
その時俺は目にした。
ベッドの上で一人声を殺して泣いているあいつの姿を。
「あっ!」
突然入ってきた俺の姿を見てフレイは慌てて涙を拭った。
「……」
俺は驚いて何も言えなかった。
は顔を背けた。
「…お前…」
一歩フレイの方に踏み出した。
「来ないで…」
いつもの彼女とは違う強い拒絶。
「お願い近寄らないで…」
でも俺はフレイが気になっていたし、
一人で泣いているのをほおって置くのも気に入らなかったから立ち去ることはしなかった。
だからあいつが座っているベッドにすとっと腰を下ろした。
俺の予想外の行動にフレイは驚いていた。
「…貴方…」
「お前……何で泣いていたんだ?」
「……」
「何か言いたいことがあるんなら言え。」
「……」
フレイの目は揺れていた。
思えばここに連れてこられてからあいつは普通の会話をほとんどしていなかったのだと思う。
唯一話すことのできる俺とは事務的な会話しかしてないし、
クルーゼ隊長に関しては隊長がほぼ一方的に喋っていた。
口を開きかけては閉じ、開きかけては閉じを繰り返していた。
「ほら、早く言えよ。」
「私…私は…」
「……」
「いつも間違った道を選んでしまうの……」
「……?」
「私はコーディネイターが嫌い。」
こんなに面と向かってはっきりと言われたのは初めてだった。
思えば俺は生まれてこのかた一度も生身のナチュラルと普通の会話をしたことはなかった。
驚いて言葉が出ない俺を尻目にあいつは続けた。
「私の大切な人を殺したんだもの。」
「……」
「…でも…私、分かったの。
コーディネイターを憎んだって何も変わらない。
私は…私はコーディネイターが皆死んでしまえばいいと思っていたわ。
でもそれだけじゃ何も変わらないの!
コーディネイターが皆死んでもパパは帰ってこないのよ!
…それにコーディネイターだって私と同じ人間なんだって、
…私達は同じなんだって教えてくれた人が居たから。
それなのに私はそのことを認めなかった。
認めたくなかったのよ。
そしてその人を失った。
全部私が悪いの…。
私は分かっていたのに…。」
「お前……」
俺は何もできずに再び泣き出したフレイの横顔を見つめた。
「俺も…」
突然話し出したのに驚いてあいつは顔を上げた。
俺はフレイの泣いて紅く腫れた目を見つめて話し出した。
「俺も沢山の友を失った。
どんなに後悔してももう遅い。
もう二度とあいつらの微笑みを見ることはできない。
だから忘れようとした。
でも人間の記憶はそんなに簡単には消えてくれないものだな…」
そして躊躇いがちにそっとフレイの涙を指でふき取った。
一瞬あいつはびくっと身を竦ませたが堪えきれずに俺の胸に顔をうずめてまた泣き出した。
ゆっくりと優しく抱きしめると女らしい香りに包まれ俺は体温がどんどん上昇していくのが分かった。
きっと顔は真っ赤になっているだろう。
体の温かさとその体がとても頼りなくとても儚く感じたのを覚えている。
もしこんな所を誰かに、特にクルーゼ隊長に見つかったら大変だという考えが一瞬頭をよぎった。
でもこの心地の良い感じをどうしても離してしまうことはできなかった。
「ねぇ…貴方…」
どの位時間が経っただろうかようやく落ち着いてきたフレイはまた話し始めた。
俺はゆっくり背中に回していた腕をほどいた。
「なんだ?」
「貴方と私も同じなんでしょ?」
冗談じゃない。
ナチュラルと同じだなんてありえるわけがない。
俺たちはナチュラルとは違う高等な種なのだ。
もしそれまでの俺だったらそういっていたかもしれない。
しかし友の死やザフトからの離反、隊長への漠然とした不信感を抱き、俺は薄々気づき始めていたのだ。
俺たちは根本的には何も変わらないということに。
初めてあったナチュラルは俺たちと見かけも思うことも何も変わらなくて、
ただ俺たちの方が若干能力的に優れているだけで、
俺たちは本当は何も変わらないちっぽけな存在。
この女に会ってそれが確信に変わった。
「俺は、俺たちは……」
ビービービービー
しかし俺がそこまで言った時それを打ち消すように警報が鳴り響いた。
「ちっ。敵襲か!」
ドアに向かって駆け出した俺の手を何かがぐいっと引っ張った。
「行かないで……」
零れ落ちそうなくらい涙を溜めてフレイは俺を見ていた。
「必ず戻ってくる。」
振り向いてそう言うとその手を振り払い俺はドアの向こうへと駆け出した。
「必ず戻る。」
ドアが閉まる前に一瞬だけ振り向いてフレイを見る。
イザーク。
そうあいつの唇が動いたように思えた。
もっと話したいことが沢山あった。
もっと解り合いたいことも沢山あった。
あの時手を振り払いなどしなければ良かったのだ。
あの時手をしっかり掴んでさえいればこんなことにはならなかった。
いくら後悔してももはや成すすべはない。
俺が約束どおり戻ってきた時既にフレイはいなかった。
ただ、あの時シーツにあいつと俺が座っていた跡だけが残されていて部屋には誰もいなかった。
その後隊長を問い詰めると彼女には鍵を持たせて地球軍に返したと言った。
「良かっただろう、彼女は自分のいるべき場所に戻ったのだから。」
そして何もかも見透かしたように隊長はふっと笑った。
それからは休む暇もない位戦闘がありフレイの消息を知ったのは
戦後、フリーダムのパイロットと会った時だった。
「死んだ?何故だ!?何故あいつは死んだんだ!?」
父も友もなくし、敵軍の捕虜となり、
あんなに辛い思いをして、後悔して、一人で泣いて、
それでも必死に生きようとしていたのに、
一番幸せにならなくてはいけなかったのに、
その彼女が何故死ななければならないのだ?
できるならもう一度会って今度は対等の立場で誰の目もはばかる事もなく話したいと思ったフレイが?
戦争のない平和な世界で生きて欲しいと一番本気で思ったあいつが何故死んだのだ?
平和な温かい世界で笑っていて欲しいと願ったあいつが何故?
「僕が守りきれなかったから…」
哀しそうな今にも泣き出しそうな顔でフリーダムのパイロット―確かキラと言ったか―は言った。
「何故だ?何故あいつなんだ?何故死ななければならなかったんだ?」
キラの胸倉をつかんで揺さぶった。
「あいつこそ生きなければならなかったはずだ!平和な時を笑って…それなのに何故?」
「イザークもういいだろう…」
キラのシャツを握り締めていた俺の手をアスランが静かに外した。
「俺じゃなくあいつこそこの世界で生きるべきなのだ!
血の染み付いた俺ではなくあいつこそこの世界で生きるべきなのだ!
それなのに何故っ…!」
溢れ出す涙を止めることはできなかった。
人前で泣く事ほどみっともないことはないことは百も承知だ。
しかし涙はどんなに頑張っても止まらなかった。
「だから僕は、」
キラが口を聞いた。
小波すらの立たない穏やかな海のような瞳をたたえて。
「僕たちはフレイの分まで生きなきゃいけないんだ。
この平和を守らなきゃいけないんだ。」
丘の上に立っている俺達の横をさあっと風が通り抜けた。
どの位沈黙が続いたのだろう。
その沈黙を破ったのは俺だった。
「…俺はいつの間にかあいつのことが好きになっていたようだ…。
今更気がついてももう遅いがな…」
こんなことを言うはずではなかったのに口から言葉が出てきた。
自嘲気味に話す。
「本当に馬鹿だ、俺は。
命令だけ聞いて何も考えもせず人を殺して、
自分の考えを持たないでいた。
あんなに馬鹿にしていたナチュラル以下だな…俺は…。
自分の気持ちにも気がつかず、今更気づくなんて…」
「イザーク…」
「僕も好きだったよ。」
今度はキラが口を開いた。
「本当に好きだった。
僕はまだ考えが足りなかったから彼女を何度も傷付けた。
でも彼女は僕の支えだった。
彼女がいたから僕は今生きている。」
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。
そうだ、あいつがいたから、あいつと出会えたから俺はここにいるんだ、ここに立っていられるんだ。
フレイがいたから今生きているんだ。
もしあいつに出会わなければ未だに俺はナチュラルを憎しみ、
何も自分で考えようとせず殺戮を続けていただろう。
あいつがいたから……
だが、あいつは死んだんだ。
ただ目の前に置かれた事実は俺だけは生き残ってフレイは死んだという事実だけだった。
「だけどあいつは死んだ……」
皆がまた暗い顔に一瞬で戻ったのが分かった。
こんなこと言ってもしょうがないのは分かってる。
だが言わずにはいられないのだ。
あいつがいないのにあいつの分もしっかり俺たちが生きなければならないなどと調子のいいことは言えない。
出会えたことには感謝している。
でももし俺に出会わなければ他のもっと幸せな人生を送っていたという可能性だってあるのだ。
俺はあいつに何もしてあげられなかった。
ただあいつから色々な物を貰っただけで何もあいつにあげることはできなかった。
「だったら、」
突然キラが声を発した。
あれ、あいつこんなこといったか?
「イザークはずっと過去だけ見ていればいい。」
「なにぃ!?」
おかしい、おかしいぞ。
こんなことあいつは言ったか?
「むしろイザークにはフレイの後を追わせてあげようか?」
じりじりと俺の周りに輪ができ、皆が迫ってきた。
腕や足を掴まれる。
「やめろっ!アスラン!ディアッカまでっ!!」
だが誰もやめようとしない。
「イザークには失望したよ。
いい加減あんなナチュラルのことなんて忘れなよ。
あんなのよりもっと素晴らしい女性が君の周りには沢山いるだろう?」
「フレイのことを悪く言うなっ!!!」
「お前がいけないんだぜ、過去ばっかり見て。」
「過去を振り返って何がいけない!
フレイのことを覚え続けているのの何が悪いっ!!」
そのまま皆が俺の体を担ぎ上げ、歩き出す。
「何をする気だ!やめろぉっ!!」
だが皆の足は止まらない、むしろ俺がもがくたびにだんだん速くなっている。
「放せぇっ!!」
青い空が見えた。
空はあの日と同じ色だった。
そして凄まじい重力を感じ俺の体は崖下へと堕ちていく。
落下への恐怖で俺は気を失いそうになる。
でもこれでいいのかもしれない。
これでフレイにまた逢える。
もう二度と離れたくはない。
ずっと一緒にいられる。
―お前が天国に逝けるわけなどないだろう―
突然頭の中に声が響く。
下を見ると海は何故かどす黒く、俺を飲み込もうと口を開けて待っている。
―お前は地獄に堕ちるのだ―
なす術もなく堕ちていく体を止められない。
世界は暗澹とする。
―おい…イザー…おいっ!…イザ…ク―
体を揺すられてイザークははっと目を覚ました。
「…?ん…?」
「お前すっげぇうなされてたぜ。」
「夢…か……」
びっちょりと掻いた汗が気持ち悪い。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
「そっか…じゃ、俺は寝るから。」
汗を流し落とすためにイザークはシャワーを浴びた。
「くそっ!くそぉっ!!」
ドガッ。
壁を殴る。
握り締めた拳に爪が食い込み血が滲み、殴った痕は酷く痛い。
「くそっ!フレイっ…」
イザークはやりきれない思いでただ壁を殴り続けた。