「おっ!アウル、おっ先〜♪」
「おい!ちょっとは手伝えよ!」
「授業中いちゃついてたお前がいけないんだろっ?まっ、頑張れよ〜♪」
「ちっくしょー!覚えてろよ!!」
「はぁ、マジかったるいよな〜」
ため息を吐きつつアウルはのろくさとモップで床を拭く。
放課後のトイレ。
何故こんな所をアウルは一人きりで掃除しているのかというとそれは授業中に起きた些細なことだった。
「ちょっと、アウル!いつまで寝てるつもりよ!」
いい気分で寝ていたアウルは肩を強く揺さぶられて目を覚ました。
「うっせーなー、ルナは!」
アウルはギロリと横から顔を覗き込んでいる少女を睨んだ。
「寝すぎなのよ!アウルは!!」
「俺の勝手だろ!」
「そんなこといって後でノート見せてやんないんだから!」
「おいっ!そんなの卑怯だぞ!」
「うるさいわねぇ。ほら、レイを見てみなさいよ!」
「ああ!?」
アウルは視線を前の席のレイに移す。
いつも通りぴんと姿勢を正し、授業を真面目に受けていた。
「レイは良いわよね〜真面目に授業受けてるもん。
あー早く席替えしないかな〜こんなのの隣じゃまともに授業受けることすらできないわ。」
「レイと比べるな!」
「レイの隣が良かったわ〜。」
「だから比べるなって!」
「何よー!あんたがいけないんでしょ!!」
「そこっ!いつまで騒いでるの!」
いつまでも喧嘩するのを止めない二人を見て業を煮やしたタリアはびしっとチョークを投げた。
「あっぶねっ!」
すんでの所でアウルはそのチョークを避けた。
が、後ろに座っているヴィーノに当たっていたのはまあ、お約束なのでほおって置く。
「貴方達、いつまで授業を妨害するつもりなの!?」
「すっ、すいません、タリア先生!アウルのせいなんです!」
慌ててルナマリアが謝る。
「お前だって騒いでただろ!」
「あ、あんたが騒いだからいけないんでしょ!」
しかしまた喧嘩が始まりそうになっているのを見てタリアの堪忍袋の緒は脆くも切れた。
「貴方達っ!罰として放課後トイレの掃除をすること!」
「ええー!そんな横暴な!」
「何?何か文句でもあるのかしら?」
顔は笑っているが目が笑ってないのを見て二人とも青ざめた。
「も、勿論掃除させていただきまーす!」
そして今に至るというわけだ。
勿論アウルは真面目に掃除などはできないようなタイプだからさっきからサボっている。
「何で、俺がこんなこと・・・」
ブツブツと文句が漏れる。
「大体、ルナが・・・!」
「私が何だって?」
「うわっ!びっくりさせんなよ!」
アウルが慌てて振り向くと夕日を浴びながらルナが近づいてくる。
髪は燃えるように紅く見えて、不本意ながらアウルは綺麗だと思った。
「なんだよ?もう終わったのかよ?」
少しどぎまぎしながらアウルは聞いた。
ルナは隣の女子トイレを掃除していたはずだ。
「勿論よ。アウルはまだ終わってないの?どうせまたサボってたんでしょ?」
覗き込むようにしてルナマリアが見つめてくる。
至近距離で目が合ってアウルは自分の頬が熱くなるのを感じた。
夕日を浴びているのだから視界は赤くて頬が少し色づいても分からないだろうが、
アウルはふんっと顔を逸らした。
「しょうがないわね。少し手伝ってあげるわよ。」
「べっ、別に手伝えなんて言ってないだろ?」
「あんたに任せておいたらいつまでたっても終わらないから良いわよ。」
ルナマリアは箒と塵取りを取り出して床を掃き始めた。
二人で黙々と掃除をする。
部活動も終わってしまったのだろうか、放課後の校舎には余り人が残っていないようでしんと静まり返っている。
アウルは隣で一生懸命掃除をしているルナマリアをちらりと横目で盗み見た。
そんなことにも気づかないくらいルナマリアは集中して掃除している。
「あのさ。」
「ん?何?」
「今日は、悪かったな。」
「何よ、急に。」
「別にいいだろ、何でも。」
「あーら、どんな風邪の吹き回しかしらね。アウル君が私に謝るなんて。」
「お、俺だって謝ることぐらいあるさ。」
「ふーん、今日はやけに素直なのね。」
「う、うるさいな。」
「全く、こんなのの隣でホント、大変だわ。」
「・・・・・・」
「でも、毎日、楽しい・・・かも。」
「えっ?今なんて?」
「な、何でもないわよ!」
アウルには本当はルナマリアが言った小さな呟きが聞こえていた。
―た、楽しいって・・・―
頬が緩むのが止められない。
「何にやにやしてんのよっ!」
「えへへへ、ルナー!」
じゃれつこうとするアウルを押し返したルナマリアの頬は真っ赤だ。
この赤さは夕日に照らされているからだけではないだろう。
「あんたなんて大っ嫌いっ!」
ぱしっと頬をビンタされてもにやけるのを止められない。
そんなアウルの顔を見てルナマリアは箒を投げ捨て走り去った。
「もう手伝ってなんてやんないんだからっ!」
走り去るルナの背中にアウルは大きな声で叫んだ。
「俺もルナの隣で毎日楽しいぞー!」
「アウルの馬鹿ー!!」
紅く照らされた校舎でそれでももっと赤い色をしているだろう自分の頬の熱さを感じながら、
ルナマリアは声を限りに叫んだ。